最近、とても興味深い事実を知りました。

以前このブログにも書きましたが、「引き寄せの法則」の発端ともいえる書籍「ザ・シークレット」ですが、その内容の最も大切な部分が削られて発刊されたというのです。

ザ・シークレットには、数名の著者が登場しているのですが、「一番肝心なところが削られている!」と後から問題になり、意義を唱えた著者たちは、続編が出版された時は一切かかわらなくなってしまったそうです。

それを知って私は、なるほど、そういうことだったのか・・と思いました。

真実がわかりにくいはずがないのです。

これは私の持論でもあるのですが、正しいことはすごくシンプルで誰にでも(たとえ子供でも)理解できるものだと思っています。
難しいことがあるとすれば、それを理解で終わらせず実際に行動し続けることでしょう。

おそらく「ザ・シークレット」の内容は捻じ曲げられて作り変えられており、大切な個所は削られてしまった。
それは何のためだったのでしょうか。

何度読み返してもわからないから、その後多くの引き寄せジプシーが生まれました。
本屋に行けば、棚一列が引き寄せ関係の本です。
皆が興味を持っているけれど、一様に「引き寄せの法則は難しい」と言うのです。
どうしてこんなことになったのでしょう?

大勢の人がザ・シークレットで目覚めた後、核心がわからないため「引き寄せ」をマスターしようと多額のお金をつぎ込んでセミナーに通いました。
その後も続々と引き寄せの本やセミナー、コーチングをする人が出てきて、現在に至っています。

そして、それで本当に結果は出たのでしょうか??

今でも多くの人たちが試行錯誤しては、引き寄せらしきもので満足してしまっているのではないでしょうか。

少し話が変わりますが、私は自分のために祈ったことがありません。

それは私が偉いからでも何でもなく、たまたま自分が病気だったり、死んでしまいそうな状況にならずにすんできたからです。

もし自分が重い病気だったりすれば、毎日のように健康にもどれますようにと自分のことを祈っていたでしょう。

たまたま、今までの私は健康で過すことができて、どうにもならないくらい不幸な状況というものからも免れていた。

だから教会にいても、神社にいても、祈ることはいつも誰かのことだったのです。

病気の友人のこと、闘病中の家族のこと、大変な状況にいる友人のことを祈っていました。

そんなふうだったので、祈りというのは人のためにあるものだという感覚が無意識に身についてしまったのです。

教会でお祈りをした後、あっ!と稲妻が落ちたように閃いたことがありました。

引き寄せの法則は簡単で、それはこの宇宙の仕組みを解き明かすほどの重要なことである。

しかし、それを人類が自分のためではなく、他の人達のために使ったら、もはや「悪」のエネルギーは存在できないほどの強力な磁場を発揮する。
だからこそ、それを絶対に知られたくない人たちがいる。
だから、真実を捻じ曲げて世界に発信した。

この世の真理を知り幸せになれる、という魅力の前には巨額のお金が動きます。

本当に痩せるサプリはいくらでも作れるけど作りません。
だってみんながスリムになったら、儲かるダイエット産業がなくなってしまいます。
それと同じだという一面もあるでしょう。

でも本当にそれだけでしょうか。
そんな、今の時代に生きている人が誰でも知っている、お金という理由のためだけでしょうか。

本当に人が内にある優しさに目覚めて、自分ではない人のために真剣に祈るようになったり、自分と同じように人のことを考えてしまう人で溢れる星になったら困る理由があるのです。

人のことを自分の分身のように感じ、自分の右腕だったり、左手だったり、自分の胃だったり、腸だったり、脚だったりと感じるようになったら絶対にダメなのです。
他人も自分のことのように感じ、大切に守りあうようになったら絶対にいけないのです。

何故?

どうして??

誰が?

何のためにいけないというの??

愛にあふれる暖かい人たちの星になったら、どうしていけないの?
それで誰が困るの?

それを私は小さな子供たちに考えてほしい。

そしてその宇宙の法則を子供たちが自ら発見し、子供のことばで書けるようになってほしいと心から願っています。

 

そのためにこれから私のできることは何だろう・・何から手をつけようと、いつも方法を考えながら過ごしています。

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