身の回りに色々なことが重なり、ブログの更新が遅れてしまいました。
今日は父のその後のことと、本家のおじさんへの説得について書いていこうと思います。
父と病院に行った日のことです。
私は前日からどうやって父にこのドイツのテレビ放送を見せよう・・と悩んでいました。
私が運転する帰りの車の中で・・と思っていましたが、思ってもみないところにチャンスが訪れました。
午前中に色々な検査をし、午後1時から呼ばれたら診察室に入るのですが、その日はとても混んでいて少し待つことになりそうだったのです。
待合室のソファに座り、本を広げようとした父の横で(チャンス!!)と思った私は
「これなんだけどね、ドイツのテレビ放送なの。コロナのワクチンを打ってどうなったかという結果を州ごとに細かくまとめているの。ちょっと見てみてね」
と言って一瞬のうちに父の耳にイヤフォンを押し込んでしまいました。
耳が遠くなってきて、最近は補聴器をつけようか・・というくらいの父なので、この際だから音量をMaxにしてみました。
いきなりのことで、えっ・・?とびっくりして苦笑いしている父に「大丈夫、番号は私が見てるから」と受付番号の書いた紙をもらい、私は真面目な顔で番号が出る電光掲示板をじっと見ていました。
そうなの・・?と困った父は、このドイツの国営放送を見始めました。
どんどん動画が進み、私はこれを見終わるまでは番号が呼ばれませんように・・!と祈りました。
願いは通じ、動画が終わるまで約30分間名前は呼ばれず、見終わった父はイヤフォンをはずしました。
父は開口一番「これを見たら、打つのが怖くなっちゃったなぁ」と言いました。
私は「ワクチンというのは本来動物実験を何年もして、治験、その後人体で治験をして、何年も結果を見てからでなくては認可が下りないのに、動物実験も中止し、人への治験もせずにいきなり打っているんだよ。
このドイツの人達が治験者ということになる。
こんな大変な結果が出ているのに、この結果は全く公に知らされず、打たせるなんてこと自体がおかしいよ。
例えばコロナにかかってしまった人が、新薬のアビガンやイベルメクチンを打ってみるというのならわかる。
でも、かかってもいない人がこれだけの重大な副作用が出たり、死者が出るものを打つのはどうだろう?
私はこんなものは絶対に打たないよ。
そして万一打たなくてはいけないという時代がキタとして、もっとずっと先にしてもいいんじゃないの?」
と言うと、父は
「たしかにそれは一理あるよな・・」と言いました。
「それに年内には国内産のワクチンができるという話もあるんだよね・・。」
父はそうつぶやきました。
「それならまだそのほうが安全かもしれないね・・」と私は言って
「急がなくていいと思うんだ。自分の命だから最後に決めるのは本人なんだ。
でも私は、今はやめておいたほうがいいと思うんだ。」と言いました。
「うん。七月のワクチンは予約しないことにしておく」と父は言うので
「いや、七月じゃないよ。年内でしょ」と私は言いました。
うん・・と言う父にちらっと横目で見ながら
「そうするなら今日先生に、先生の移動される病院に通わせて下さいって言ってあげるけど。。」と言うと
「うん。。。」とめずらしくおとなしく頷きました。
本当?それなら言ってあげると私は約束し、担当の先生にはうまく話し、ニコニコ顔で「では僕のこれから移動する病院にこれからも来てくださいね」と言ってもらえました。
会計に向かいながら「私が行くと話が速いでしょ」と父に言うと、父は顔を赤くして「うん」と言いました。
「約束したからね」と私は言い「次は本家のおじさんにも言うよ」と宣言しました。
父は「本家にも言うのか?」とびっくりしているので
「うん。私は死ぬときに自分が後悔したくないから、大切な人に 伝えるべきことは伝えると決めたんだ」と言いました。
父は「この子は小さい頃から 一度決めたら信念を曲げないんだよなぁ・・」と言って、面白そうな顔をして笑いました。